History-富士急スケート部の歴史

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第二期黄金時代

昭和58年、橋本聖子が入社、第二期黄金時代が幕を開ける。
長田照正監督の指導のもと、橋本は見事サラエボ五輪出場を果たし、その後、カルガリー五輪、アルベールビル五輪、リレハンメル五輪、世界選手権などで輝かしい成績を記録、日本ナンバーワンの座へ駆けあがった。ほかに戸田則子、深澤洋子らも五輪に出場している。

橋本を中心に団結したスケート部・女子の部は昭和63年、全日本実業団競技会で12年ぶりに優勝、翌年2連覇を果 たすとともに、男子の部でも長田監督、羽田雅樹コーチが出場し、18年ぶりというアベック優勝を飾った。

   
昭和58年(1983)年度
  • 橋本聖子が入部
  • 橋本聖子、スケート部初のオリンピック、サラエボ冬季五輪出場
  • 橋本聖子、世界スピードスケート選手権大会出場
  • 橋本聖子、世界スプリントスピードスピード選手権大会総合13位
  • 橋本聖子、全日本スピードスケート選手権大会500メートル、1500メートル、3000メートル、5000メートル優勝
  • 橋本聖子、全日本スプリントスピードスケート選手権大会500メートル、1000メートル優勝
昭和59年(1984)年度
  • 戸田則子、樋口真由美が入部
  • 橋本聖子、世界スピードスケート選手権大会総合7位
  • 橋本聖子、世界スプリントスピードスケート選手権大会総合7位
昭和60年(1985)年度
  • 坂井武彦が入部
  • コニファーフォレスト スケートリンク完成
  • 第41回国民体育大会冬季大会がコニファーフォレストで開催される
  • 橋本聖子、世界スピードスケート選手権大会総合6位
  • 橋本聖子、世界スプリントスピードスケート選手権大会で日本女子初の総合4位
昭和61年(1986)年度
  • 渡辺かおりが入部
  • 夏期練習用のローラースケート場完成
  • 橋本聖子、世界スピードスケート選手権大会総合4位
  • 橋本聖子、世界スプリントスピードスケート選手権大会総合5位
昭和62年(1987)年度
  • 石川善文、渡辺幸視、深澤洋子が入部
  • 橋本聖子、戸田則子がカルガリー冬季五輪出場(長田監督もコーチとして出場)
  • 橋本聖子、カルガリー冬季五輪で日本人初の五種目入賞
  • 戸田則子、全日本実業団スピードスケート競技会500メートル優勝
  • 樋口真由美、三笠宮杯中部日本スケート競技大会1500メートル優勝
  • 石川善文、国民体育大会冬季大会10000メートル優勝
昭和63年(1988)年度
  • 橋本聖子、ソウル五輪(自転車競技)出場
  • 橋本聖子、世界スピードスケート選手権大会500メートル1位、総合6位
  • 橋本聖子、世界スプリントスピードスケート選手権大会、日本女子初の総合3位
  • 戸田則子、全日本実業団スピードスケート競技会500メートル優勝
  • 石川善文、国民体育大会冬季大会10000メートル優勝
昭和64年/
平成元年(1989)年度
  • 佐藤葉子が入部
  • 橋本聖子、アジアスピードスケート選手権大会で4種目優勝
  • 橋本聖子、ワールドカップベルリン大会500メートル3位、1000メートル2位
  • 橋本聖子、世界スピードスケート選手権大会日本女子初の総合2位
  • 9月下旬より約一ヶ月、カナダ・カルガリーにて初の海外合宿
  • 深澤洋子、全日本実業団スピードスケート競技会500メートル優勝
  

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